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一部の人だけの苦難

社会の悪しき反応

世の中には、一部の人だけに降りかかる苦難というものがある。 それは国が対策をすれば良いのだが(日本ではそれさえもできていないが)、問題はそのような人に対する社会の反応である。 乗り越えられなかったり、前向きな意見を表明しないと、その人の評価が落ちてしまう。 果たして本当にその人は努力や我慢が足りないのだろうか。

もし同じ苦難を受けた人の中で、それを乗り越えられた人がいたとすれば、確かに「同じ苦難を受けた人の中では」努力が足りないかも知れない。 しかしそれでは標本の選び方に偏りがある。 苦難を受けているのだから、それでも日本人全体の中では努力している方だということは十分にあり得る。 お前等だって、同じ苦難を受けたら乗り越えられないかも知れないではないか。 一部の人だけに降りかかる困難を乗り越えられなかったことを以て、その人を悪く評価してはいけない。

典型例として、以前にも取り上げたNIMBYがある。 日本の全都道府県に米軍基地の計画を立てて、それでもなお沖縄県民に反対の声が多ければ、沖縄県民にはその傾向があると言えるが、そのような実験ができない以上、沖縄県民は自分勝手だと言うことはできない。 友達に物を貸すかとか、障害者の同級生の世話とか、この問題には小学生の時から遭遇する可能性がある。 たとえるならば、センター試験で50万人のうち5万人だけが余計な試験を受けさせられ、それで不合格になり、勉強不足と罵られるようなものだ。 確かにその分まで勉強しておけば良いかも知れないが、その一方でそこまでしなくても済む人もいる。 こんな入試制度で納得する人はいないだろう。

センター試験の話が出たが、学歴もそうだ。 いくら貧しい家庭から東大に入った子がいるからと言って、強者の息子の方が有利だという事実に変わりはない。 私立中高一貫校や塾のような、難関大学を前提とした指導を受けられるだけの経済状況は勿論のこと、同級生の意欲、保護者や周囲の大人の民度も大きく影響する。 高校生の時点で、自分で考えることはなかなか難しいだろうから、そこまで自己責任にしてはいけない。 その意味で私立中高一貫校には、高等な教育を受けられるということ以上の意味がある。

就職面接で地方出身者が、なぜ出身地で就職しないのかと聞かれることがある。 そんなもの、都会の方が良いからに決まっているだろうが。 都会生まれの学生は、なぜここで就職かと聞かれたら、「ここが出身地だから」と答えれば良い。 一方で地方出身者はそんな武器がないどころか、そう聞かれたときの為の嘘を用意しておかねばならない。 極言すれば、地方出身者は嘘を吐かなければ上京できないのだ。 だから育ちの悪い人に歪んだ性格の人が多くなるのではないか。 尤も面接官はそこまで考えておらず、単に理由付けを見たいだけなのだろうが、このように、どうせ聞いても嘘しか返って来ないのだから、全く意味のない質問であると言える。 上手い嘘を吐く能力を測る為に聞いているのなら話は別だが。

こうして、環境に恵まれなかった人は、人一倍努力しなければならないだけではなく、不平等を口に出さずに、思ってもいない前向きな発言や、物分りの良い振りをしなければならなくなる。 社会に耳を傾けさせられるとすれば、困難を乗り越え成功することだろうが、逆に「それなら国が何もしなくても良いだろう」という政治家が出てきたら完全に終わりだ。 困難を乗り越えられたことを評価するのは良いが、乗り越えられなかったからと言って、直ちに怠け者と言うことはできない。

こういったことが罷り通る背景には、「誰にでも(中身は違ってもそれぞれ一定の)苦労はある」という幻想がある。 という訳で、いつものような結論で締め括ることにしよう。 幻想を信じて勝手に納得するのは人畜無害だが、現実を知っている人にまでそれを強要するな。

2014年3月1日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

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