生活保護バッシング

扶養義務の理不尽

次長課長の河本準一の母親が生活保護を受給していたことで報道が過熱しているので、今までにも度々触れていたが生活保護の問題について取り上げることにする。 生活保護バッシングには、愚民社会の問題が凝縮されていると言える。 そもそも夫婦間や両親が子供を育てるのを除いて、家族を扶養しなければならないということ自体がおかしい。 虐待を繰り返したような両親にでも、無慈悲に「援助せよ」と言われる。 今の職業に就くことを両親が反対していた場合、仮に年収が1億円あったとしても、両親の扶養義務を負わせるべきではない。 無慈悲に「家族で扶養が常識」と抜かす奴等は、そういうケースを全く考えていない。 もっと言うと、虐待などがなくても、単に生きているだけでは幸せとは言えないし、両親が子供を育てるのはそれこそ義務なのだから、それらを理由に扶養義務を言うのは間違っている。 兄弟や遠い親戚の場合、もはや何の理屈もない。

大体「子供は両親を扶養する義務がある」などという話が広まってしまったら、馬鹿な親ほどポコポコと子供を作り、「お前には私を扶養する義務がある、さあ働け」と抜かすに決まっている。 くどいようだが家族という共同体は自分で所属を選べない。 運悪く自分の家族からニートや犯罪者が出てしまうかも知れない。 それは誰にも止められない。 だから、連帯責任の禁止も含めて極力個人の自由と責任を尊重し、家族でもできる限り他人として扱わなければならないのだ。

私立医学部に行かせてもらったような奴には扶養を強制しても良いかも知れないが、それは特別な場合。 世の中「家族の絆」みたいなおめでたいことを言っていられるような家族ばかりではないのだ。 河本は偶々母親と仲がよかったから「問題にしてもよかった」のであって、年収が5,000万円あれば無条件で両親を扶養しなければならない、という訳では決してないということも理解しておかねばならない。 いい加減こんな前近代的な扶養義務は止めて、社会全体で、すなわち税金で負担していくべきである。

ポピュリズム

強者優遇庶民いじめによる格差社会の進行により生活保護の受給者が増えている。 と同時に、庶民が特権階級だと感じる層も、公務員から生活保護に落ちてきている。 そんなに生活保護が羨ましいなら、自分も生活保護を受ければよい。 いざ生活保護を受けようとすると、資産を持てないとか、全然「特権階級」ではないことが分かる。 貧困が、このように冷静な思考力を奪ってしまうのだろう。

そこに現れるのがポピュリズム政治家だ。 威勢良く生活保護をバッシングして愚民大衆の溜飲を下げる。 不正受給を理由に生活保護そのもののカットに持って行くのはミスリードであるし、何度も言うようにどうせ嫉妬するなら強者に嫉妬するのが筋である。 そもそも弱者を救うために国があるのに、逆に弱者をバッシングする政治家が支持されたり、生活保護受給に負い目を感じなければならない社会の方がおかしいのだ。

ポピュリズム政治家に投票して生活保護をカットしてしまったら、万一自分が生活保護を受けるようになった時に困る。 扶養義務の調査を厳しくしたら、貧乏大家族の子供なんかは、折角成功しても家族に集られることになり、這い上がることが不可能になってしまう。 そもそも生活保護が特権階級だと感じてしまう程労働条件が悪化したのは、受給者ではなく強者が悪いのだ。 やはり格差社会の進行は最終的には、変な所に嫉妬の矛先が向いてしまう、馬鹿な庶民が悪いという結論になるのだろう。 ポピュリズムでなくても、財政再建しか考えていない政治家や、生活保護を法人減税に回そうと企んでいる強者も同じ穴の狢(だから強者は愛国心教育を説く訳だ、自分は愛国心なんて全くないくせに)。 財政は良くなっても、格差が固定化し、社会はもっと悪くなる。

こうなったら庶民はガンガン生活保護を受けて、企業が賃金を上げるようになるまで人手不足にしてやれば良いとも思ったが、そんなことをしてもどうせ奴等は海外に逃げてしまうのだろう。 もう、どうにもならないのかも知れない。

2012年5月25日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

Prev 真のメディア・リテラシーへ トップページへ戻る Next 投票に行く前に