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フジテレビ韓国報道問題

神話の崩壊

今までは、「余程の悪いことをしなければ炎上しない」というのが炎上容認のネチズンの建前だった。 そんなものは最初から全くの嘘で、今までは偶々そのターゲットが犯罪かそれに近いことを告白した人ばかりだったから、結果的にそう見えていたというだけで、これは2010年頃からボロが出てきた。 つまり、単なる失言から内定取り消しにまで追い込まれるなど、犯した罪に対してバッシングが大きすぎる事件が続出している。 これはウェブサイト→ブログ→Twitterと文書量が減るにつれ、ネットで気軽に発言できるようになったことと、ネットの普及によって匿名ではなく実社会でのコミュニケーションの延長としてネットを使う人が増えたことが大きい。 今の子供たちには、ネットには野獣共がうようよしているということを教えなければ、彼らもネチズン共の餌食になってしまう(これをネチズンが言うのはマッチポンプである)。 どうせ奴等は巨悪と戦うガッツなんてなく、「小さな悪」を攻撃するばかりで、彼らを取り締まった所でさほど言論の自由に影響は出ないから、いい加減に炎上の取り締まりを本気で行うべきというのも、私が何度も主張してきている通りである。

そして、とうとう「悪いこと」をした訳ではないのに、毎日新聞の変態記事問題の時に匹敵するとも言われる大規模な抗議活動が起こったのである。 フジテレビが韓流ドラマを多く放送したり、韓国寄りの報道を行っているとして、抗議デモやスポンサー問い合わせが相次いでいる。 全く日本人はのんきなものだ。 中国や中東のネチズンはもっとまともに、巨悪と戦うのにネットを活用しているというのに。 スポンサーに対しても、電話やメールでの問い合わせのみならず、不買運動やAmazonへのいたずらレビューなど攻撃はエスカレートしている。 スポンサーはフジテレビと縁を切るか、このまま攻撃を受け続けるかの二者択一を迫られる。 もはやネチズンはヤクザではないか。 まあ不買運動を法的に止めることはできないし、それはその人の自由だから、企業としてはそんな馬鹿な客に頼らなくても利益を上げられるようにすべきである。

今「巨悪」と書いたが、「フジテレビを含めマスコミは問題だらけなのだから、結果的にバッシングされるなら理由は何でも良い」ではいけない。 重要なのは結果よりも過程なのだが、「マスコミは悪」という結論が先にあるのがネチズンの悪い所である。 マスコミの最大の問題は、重大事故の関係者に対する過剰な取材や、警察発表を鵜呑みにした有罪判決前の犯人視報道であり、それらを理由とした抗議活動なら私も進んで参加するのだが。 現状では、2ちゃんねるで事件の関係者の個人情報が漁られ、報道被害者がネチズンと共にマスコミと戦うなんてとてもできたものではない。 韓流ドラマが多すぎるから止めろというのは単なる「好き嫌い」の問題であり、フジテレビは何ら「悪いこと」をした訳ではない。 このように、ネチズンが怒る問題は何かずれたものばかり。 大手マスコミ嫌いのフリージャーナリストやブロガーで、ネットを賞賛している奴らがいるが、いい加減に現状をちゃんと見よ。 祭りになるのはしょうもないことばかりで、真に重大な問題に対しては全然役に立っていないだろうが。 敵の敵は味方とは限らないし、敵が痛い目に遭えば全て良し、ではない。

後、東海テレビの「セシウムさん」問題と結び付けて論じる人がいるが、単に系列局であるという以上の繋がりはなく、そもそもぴーかんテレビは中京ローカルであり、無関係である。 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」に私は一切与しない。 序でに、どうも勘違いしているとしか思えない人がいるので言っておくが、マスコミ社員の高給取りが問題なのは、新規参入が不可能、格安の電波料、番組制作会社からの搾取などが背景にあるからであり、従業員に多く給料を分配すること自体は良いことである。 もっと低所得な人がいることを前提に論じてくれればそれで良く、それが「庶民感覚がある」ということだ。 強者増税を主張しているにもかかわらず資産が1億円あるということで福島瑞穂が叩かれるように、政治家やジャーナリストに必要な「庶民感覚」とはどういうことかが分かっていない馬鹿が多すぎる。

本質的な問題を論じるのはナンセンス

日本でドラマを制作するよりも、韓流ドラマを買う方が圧倒的に安いという。 それでコストに対してそこそこ視聴率が取れるから、韓流ドラマに少々頼りすぎた。 そのために韓国の芸能人を多数出演させて人気を取ろうとした、それだけのことである。 フジテレビの韓流プッシュには反日の意図があるという人がいるが、恐らくそこまでの意図はない。 費用対効果の観点からほとんど説明できる。 これはもはや陰謀論なので、真面目に反論するだけ時間の無駄だ。

本当は、これは愚民社会の重大な問題が根底にある。 テレビでプッシュされれば、どんな馬鹿でも大ブレイクする。 子役なんてその骨頂だろう。 ちょっと笑顔を見せて、ませた発言をすれば馬鹿共はホイホイと飛び付く。 個人的には韓流ドラマよりも芦田愛菜のプッシュの方が鬱陶しいのだが。 子供にドカドカと巨額の金を貢いで、マスコミも広告代理店もスポンサーも一体どういうつもりなのか。 あくまでマスコミは、人の能力に比例して取り上げるだけで、ブームを作るのは視聴者側でなくてはならない。 加えて、コストが安いというテレビ局側の都合でブームを作ろうとするのは、それは何かおかしいということだ。

とはいえ、実際に韓流ドラマは質もそれなりにあるようだし、ここまで書いておいて何だが、実は今回の騒動に対して、前述のようなことを尤もらしく論じるのは意味がない。 なぜなら彼らの大多数は、そこまで考えて行動しているのではないからだ。 「マスコミがブームを作り出すこと全体を批判しているのであり、それが偶々今回は韓国だっただけ」ではなく「韓国だったからこそ、尤もらしい理由を後から付けて抗議を起こした」というだけだ。 騒動のきっかけとなった高岡蒼甫の問題となったツイートにしても「洗脳気持ち悪い!」など、そこらのネチズンと変わらない嫌韓発言に過ぎず、深いことを言っているようには見えない。 他人が勝手に「好意的すぎる解釈」をしただけに過ぎない。

高岡はそのツイートで事務所を解雇されている。 彼のツイートはかなり汚い文章だったとはいえ、業界に逆らえば解雇されるというのは、寧ろこちらの方が重大問題である。 が、こちらもあまり大きく指摘されていない。 だから、ネチズンなんかにマスコミ業界の成敗や浄化を期待するのはもう止めよう。 マスコミとネット、それぞれの闇を(前者はそれなりにだが)知っている者として、はっきりそう言える。 昔からそう思っていたのだが、今回の騒動で確信を持って言えるようになった。 マスコミも酷いが、ネットはそれ以上に酷い。

恐るべき未来予想

高岡はまた「マスコミのいう事は信じない」ともツイートしていた。 くどいようだが、メディア・リテラシーとはそんなに単純なものではなく、「誰が言ったかを忘れて考えよ」ということである。 彼のように考えていると、マスコミが嘘をついているケースに限って、「偶々」うまくいくだけだ。 そして、彼のようにマスコミ批判を熱心に説く人に限って、人権侵害救済法案に反対しているのはもはやお約束である。 彼は単なるネチズン・ネット右翼に過ぎなかった訳だ。 私が言う「マスコミは全部嘘だと思っている一方、ネットの情報は盲信している」というパターンに見事にはまってしまっている。 そんなネチズンの一言でここまで社会が動かされてしまうのは恐ろしいことである。 仮にも俳優なのだから、自分の発言の影響力を考えてもっと慎重に発言すべきだ。

今回は、高校生までフジテレビに電話をかけ、電話をかける直前で止めたが、小学生まで電話をかけようとしていた者がいる。 よくも大人・企業がここまで子供になめられたものだ。 インターネットの情報に流されて、子供までホイホイと行動してしまう。 なんと恐ろしいことか。 ネット上のものを含めた大人の言説というものは、それまでの大人の常識、すなわち「マスコミの言うことは概ね正しい」という前提で書かれている。 ところが最近の若者にはその前提がない。 最近の若者は、当のマスコミまでもがメディア・リテラシーを説き、学校でもメディア・リテラシー教育を受け、ネットではマスコミの嘘や不祥事に死ぬほど触れている。 こんな環境で育てばどうなるかは火を見るより明らかである。 真に恐ろしいのは、今のネチズンが今後次々と親になっていくことだ。 「両親が共に2ちゃんねる利用者」なんて想像するだけでぞっとする。 そのうち子供が学校で「反日教師の言うことは聞かない」と先生に逆らったり、新聞社への社会見学で「アサヒったことはありますか」などと聞いたりするのだろうか。

勘違いしないように言っておくが、メディア・リテラシー教育が悪いのではない。 「マスコミの嘘を見抜く能力」としか教えないのが悪いのだ。 「マスコミの嘘」を言っている人自身が嘘をついているかも知れないし、マスコミの影響力が落ちると得する立場にある人なのかも知れない。 そう言う人もまた嘘をついているかも知れないし、それで何か得する立場にあるのかも知れない。 こうしてどんどん疑っていき、そのレベルを無限大にせよというのが、メディア・リテラシーということだ。 私はこれを「メタ メディア・リテラシー」と呼ぶことにしている。 本当は、メディア・リテラシーとはそういうものなのだが、現状「マスコミの嘘を見抜く能力」という意味でしか使われていない以上、新たな言葉を考えざるを得ない。 もっと言うと、「マスコミを疑う」というのは、「マスコミを嘘だと思って見る」ということではない。 もちろん、「マスコミを真実だと思って見る」のも良くない。 「それでは何を信じれば良いのか」との声が聞こえてきそうだが、そもそも何かを信じるとか言っている時点でメディア・リテラシーの精神を分かっていないということだ。 メディア・リテラシーとは「あらゆる情報を取り入れ、そこから自分で考えよ」ということであり、ぶっちゃけ愚民大衆に実践できるようなものではないのだ。

フジテレビやそのスポンサーは、ネチズンの圧力に押し切られてはいけない。 今回フジテレビは「悪いこと」をした訳ではなく、程度が少々過ぎてしまっただけだ。 ここで彼らに屈してしまうことは、ネチズンに支配される時代の始まりを意味する。 悪いことをしていなくても、ネチズンのご機嫌を損ねてはいけなくなったということだから。 フジテレビや花王などの大企業を負かすことができればもはや敵なしだろう。 もう誰も止められない、百害あって一利なしの新たな権力が誕生してしまう。 私の予想が外れてくれることを切に望む。

2011年8月22日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

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