訴訟社会の勧め

訴訟を起こしやすい社会にしよう

日本人はあまり訴訟をしたがらず、穏便に問題を解決したがる民族である。 だが、それで損をするのは弱者に決まっている。 訴訟なしで解決できる問題なんてどれくらいあるのだろうか。 泣き寝入りというのは最もあってはならないことだ。 もっとガンガン訴訟というシステムを活用して欲しい。

ところが訴訟には費用がかかって庶民は手を出しにくいのも事実。 弁護士に30分相談するだけで5,000円も掛かってしまう等、この世界はべらぼうに費用が高い。 折角勝訴して賠償金を勝ち取っても、大半を弁護士費用に持って行かれたりすることもある。 最低100万円くらいは取らないと訴訟をしても殆ど損という現実がある。 ここまで弁護士費用が高いと、金持ちが訴訟をちらつかせて庶民を脅すといったことも起こる。 訴訟を起こされると、必然的にこちらも弁護士を雇うことになり、それで勝っても負けても損をすることになる。 自分も損をするだけなので、裁判費用を負担に思わない金持ちにしかできないことだが、嫌いな人を無茶なことで訴えて否応なしに弁護士を雇わせ、「合法的に金をドブに捨てさせる」ことができてしまう。

また、西村博之の賠償金逃れのように、賠償命令に実効性が持たれることもある。 もっと賠償金を増額したり、賠償命令に従わない人(従えない人も含めて)を処罰できるようにしなければならない。 週刊誌なんかに対しては、それの存続に関わる程の巨額の賠償命令を出せば良い。 もっと裁判が一般化して、審理が連日開かれるようになれば、弁護士費用も安くなるだろう。

訴訟をすること自体にあまり良くないイメージを持っている人がいる。 それ故、善人程なかなか訴訟に手を出さず、悪人程直ぐに訴訟をするといったことが起こる。 それで、子供の事故で無理に企業に責任を押し付ける訴訟が目立ったりして、ますます訴訟に対するイメージが悪くなる悪循環が起こる。 こうして「訴訟とは悪人がするもの」という認識ができてしまうと、本当に困っている人がそれを訴えるのが憚られ、訴訟というだけで周囲から無理な理屈で訴訟を起こす人と同じような目で見られてしまう。

セクハラなんかもよく似た所があって、善人程「この程度でセクハラと言っても良いのか」と迷ってしまい、悪人程些細なことで直ぐにセクハラと騒ぎ立てる(男性側も「嫌だと思ったらセクハラ」という主張をすんなり認めてしまう人が多いが、そんな滅茶苦茶な話があるか)。 企業はそれが訴訟に発展したり騒ぎが大きくなるのを恐れて女性の言いなりに処分をしてしまったりする。 と言うか、そもそも悪人程自分の権利をよく主張するのだから当たり前な話だ。 でも、本当に主張すべき権利は遠慮無しに主張していかなければならない。

まとめ。 訴訟という手段自体は本質的には悪いことではないのだが、課題が多い。 それで短絡的に、訴訟自体に悪いイメージができてしまい、個々の課題の克服が疎かにされてきた。 このコラムのタイトルを見て「弁護士費用を出せる金持ちに有利な社会が、不条理な訴訟が連発する社会が良いとでも言うのか」と思っただろう。 訴訟というと直ぐにそう思ってしまう大衆意識を変えることから始めなければならない。

2010年8月13日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

Prev 一部と全体 トップページへ戻る Next 宗教・道徳の欺瞞