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金について考える

金儲けは悪いことか

村上世彰は「金儲けは悪いことか」と言った。 彼自身の金儲けは犯罪にまで手を出した訳だから論外として、一般には金儲けは悪いことなのか。 単に金を儲けること自体は悪いことではないが、良いことでもない。 だからこそ、悪いことになりやすい。 マスコミの報道被害、アフィリエイトブログの執拗な宣伝、オンラインゲームでのRMT、性的な作品を節度なく出版するオタクのように、金が絡むと人間は手段を選ばないようになってしまうのは誰でも分かっている所だ。

それに、年収が何億にもなると、投機のような泡銭による所が大きくなるし、重役出勤という言葉に象徴されるように、強い立場の者程大して働かなくても良く、最も立場の強い株主に至ってはただ金を出すだけだ。 実際に働く労働者をもっと大事にしなければならない。 労働者を重視というのは単なる美徳ではない。 そう考えないと、世の中がうまく回らないからだ。 現状では、あらゆる意味で最も格好良い職業は投資家であり、労働はそれをできない者が仕方なくするものになってしまっている。

すると一流のタレントやスポーツ選手は、悪いことをしている訳でもなく泡銭でもなく、全て自分の実力による金だから、それで年収が何億あっても問題はないように思われる。 実際ここで止まってしまう人が多いのだが、5,4,3,2,1の能力がある者が、10,2,1,1,1くらいに評価されてしまうのが現在の日本社会だ。 いくら優秀な人だからと言って、下積みの人と100倍や1,000倍のオーダーで格差があるのは不当という訳である。 直ちにその格差社会の構図は変えられなくても、その中の上部にいる者としていくらかの責任はある。 責任と言っても、「私は下積みの100倍も1,000倍も能力はない。我が業界はもっと格差を是正すべき」と言えば良いだけの話なのに、それすら言わないで平然と浪費生活をしているから悪いのだ。

会社役員にしても有名人にしても、そこに至るまでに苦労があった筈だからそれ程問題ではないという人がいる。 それなら苦労をしていたその時に報いれば良い。 これは偶々成功した人の結果論であって、その裏には、成功者と大して努力は変わらないのに出世できずに終わってしまう人が大勢いる訳だ。 成功した方もやっぱり問題で、「最初は実力でもそこからは泡銭」ということが起こる。 すなわち、一度成功した後はCM出演をしたり著書の出版(悪いことに、それもゴーストライターによるものが多いのだろう)をしたりと、本業からは離れた泡銭に手を出してしまう。 少なくとも、バラエティ番組での豪邸紹介のように「金持ちであるが故に金が入って来る」というのは良くない。

幸せとは何か

現代日本では、幸せになるにはまず金持ちにならなければならない。 勘違いしている人がいるが、金持ちは幸せの必要条件であって十分条件ではない(但し、限りなく必要十分条件に近い)。 だから、堀江貴文のような例を挙げたりして、金持ちになっても幸せにはなれないとか言う人がいるが、その裏で多くの金持ちは幸せな生活を送っているのである。 それで負け惜しみをして貧乏で幸せな生活を目指すのは短絡的だ。

しかし、前述のように、良いことをして金持ちになるのはなかなか難しく、良いことで金持ちになった人も、「最初は実力でもそこからは泡銭」で悪い金持ちと五十歩百歩、というケースがかなりの部分を占めていると思われる。 私は、良いことで金持ちになって、泡銭にも手を出さず、強者の責任をしっかり果たしている人の例を挙げることができない。 金持ちは、強者増税をすると海外へ逃げると言うが、そのような脅しを掛けるような奴は金持ちになるべきではない。 世の為人の為に尽くしている人は、それ故金持ちになれない。 あまりにも皮肉な話だ。 この矛盾を人類はまだ超えることができていない。

金持ちに対する嫉妬は良くないと有名人(つまり金持ち)が尤もらしく言っていたりする。 彼等は、金持ちの何が悪く言われているのかを分かっていないか、分かっていない振りをしている。 こんな発言を真に受けて、強者増税に反対する無邪気な若者が出て来たりする。 私は嫉妬の感情を全否定はしない。 堀江が逮捕された時も「ざまあ見ろ」と言った。 ただ、ネチズンのように嫉妬の矛先が公務員や在日コリアンなんかに向くくらいなら、嫉妬をしない方がマシだ。 もっと、不当に得た金や地位に比例した「健全な嫉妬」をしようではないか。

金持ちは、金儲けの手段だけでなく、儲けた金の使い方にも良からぬものが多い。 プライベートバンク、ブラックカード、私募ファンド、会員制の飲食店等、金持ちには秘密が多すぎる。 当人にとってはこの上ない幸せなのだろうが、これらのようにサービスの実態を秘密にするということは決して良いことではない。 料亭や高級クラブの人は政治家が談合をしても決して密告しないという。 お前等も同罪だ。

ここまで金持ちの悪が多いと、まともな金持ちになってまともな幸せを目指すというのは、2ちゃんねるやWinnyを有効利用する並に無理があるのかと思ってしまう。 それでも貧乏に幸せがない以上、やはり世間に喜ばれることをして金持ちになり、批判されないことに金を使って幸せになる、ということを目指す他はないように思われる。 これが「幸せとは何か」という問い掛けに対する私の1つの答である。

庶民感覚とは

ここからは話をがらっと変えて、政治家の「庶民感覚」の話をする。 麻生太郎はカップ麺を400円だと思っているとか、鳩山由紀夫はサラリーマンの平均年収を1,000万円だと思っているとか、しばしば政治家の金銭感覚が問題になる。 この「庶民感覚」問題だが、何が問題なのかを分かっていない人がいる。

庶民感覚とは、政治家が庶民と同程度の生活をすることだと思っている人がいる。 だから、麻生太郎の「ホテルのバーは安い」発言への批判に対して、「首相が居酒屋に行くと警備員やマスコミで一般客が迷惑する」と反論したりする。 問題はそこではない。 政治家に必要な「庶民感覚」とは、「庶民と同程度の生活をしている」ではなく「庶民の生活水準を知っている」ということだ。 ホテルのバーに行くことを批判しているのではなく、ホテルのバーは安いというのが一般の感覚だと思っていることを批判しているのだ。 ということで、鳩山の発言は勿論アウトだが、麻生の発言もやはりアウトということになる。

福島瑞穂は資産が1億円あるとして、下位に位置するメディアで批判的に書かれることがある。 弁護士とは、30分の法律相談で5,000円にもなるような世界なのだから(勿論、このような現状が良いとは言わない)、彼女にそれくらい資産があるのもある意味当たり前だ。 しかし、彼女は自分が金持ちであるのにも拘わらず強者増税を主張しているではないか。 自分に不利益でも正しいことを言える彼女は立派である。 このように、「庶民感覚」を「庶民と同程度の生活をしている」ことだと思っているから、麻生が擁護され福島が叩かれるという逆転現象が起こってしまう。

利害ではなく正義で行動してくれるなら、政治家の年収2,500万円はギリギリ許容範囲だ。 ただ、「政治家の年収を下げると汚い金に手を出しやすくなる」という主張は、その政治家が悪いのだから、あまり使いたくない。 年収2,500万円を与えるに相応しい政治家を、国民は選ばなければならない。

2010年8月10日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

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