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ザ・コーヴの問題

手段が悪ならそれは悪

日本のイルカ漁を盗撮した映画「ザ・コーヴ」の国内での上映中止が相次いでいる。 まあ結論から言えばこんな映画は上映しなくても良いのだが、結果さえ良ければ良いというものではない。 この映画の最大の問題は盗撮だ。 だが抗議の理由は決まって「反日的」というものだ。 反日的と言っても、余程の内容でなければ表現の自由の内だ。 個人攻撃とは違って、反日の問題は直ちに人に不利益をもたらす訳ではない。 結局、人権問題よりも自分と違う意見に反応する、盗撮よりも反日で抗議する、メディアスクラムよりも偏向報道にスポンサー問い合わせをするという、進んで抗議をする人達の残念な所である。

たが、この映画の本当の問題はもっと根が深い。 イルカを食べるのが是か非か、これは宗教の問題であり正解はない。 だから、わざわざ映画を作って批判する程のことではないが、逆に「文化を守れ」で済む話でもない。 ただ言えることは、この映画を批判する人は、韓国の犬を食べる文化も批判できなくなる。 イルカは認めて犬は認めないと言うのなら、それはただの国粋主義だ。 それでは、日本ネチズンも韓国ネチズンも大差ない。

だから、「私はイルカは食べるが、それに反対すること自体は認める。逆に、私にも価値観はあるがそれを他人に強制はしない」としか言うことができない。 果たしてあなたはそう言えるだろうか。 日本人は特に名前の付いた宗教を持っていないからピンと来ないが、宗教とはそのような「答のない問題」に対してあれこれ言うものである。 こうして考えると、如何に宗教紛争の解決が困難かということがよく分かる。

さて、本題はここからで、またいつもの調子になるが、例によって、映画を作る側はこの批判は正しいと思っていて、その主張の為には手段を選ばない。 (正しい意味での)確信犯の問題だ。 答のない問題に対して、自分の価値観を正しいと思って、それを言う為には何をしても良いと思っている。 困った人達だ。 そしてその結果が盗撮である。 目的の為に手段を選ばなくて良いのは、言論弾圧をする権力に対してだけだ。 盗撮が正当化されるのは、重大な犯罪を告発したい時か、国家による人権侵害や戦争を撮影したい時くらいだ。 ほぼ例外なく、何かをしたい時は、その為の手段に問題がないかを考えなければならない。

言うまでもなく、マスコミやネットにも同様の問題が言える。 いくら目的が正しいからと言って、手段が悪ならやっぱりそれは悪なのだ。 序でに、よく似た問題として「良いこともしているのだから悪いことには目を瞑れ」というものもある。 そう、2ちゃんねるのことだ。 週刊誌なんかも同じような姿勢だろう。 世の中には、「賛否両論」という言葉がある。 この評価をされるものは、大概問題であることが多い。 つまりそこには、主張自体は正しいのだから、良いこともしているのだから、少々悪いことをしても良いだろう、という驕りがある。 良いことで悪いことが消えたりはしない。 できる限り手段を選んで、悪を取り除く努力をしなければならない。 尤も、2ちゃんねるや週刊誌の場合は、「良いこと」なんてほんの僅かで、悪を抜くと殆ど何も残らなくなるのだが。

2010年6月26日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

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