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強者増税を妨げるもの

おめでたい庶民

今回は強者からもっと税を取れの続編である。 前回は、主に強者の主張を取り上げたが、それでは庶民の間では強者増税という社会的合意ができているかというと、そうとも言えない。 人間の性である嫉妬を考えると、強者増税で一致しそうなものだが、様々なものが邪魔をしてなかなかその結論に辿り着けないのだ。 ということで、今回は強者増税を妨げる要因について考えていくことにする。 真っ先に思い浮かぶ、強者増税と言うと直ぐに社会主義だと思ってしまうような馬鹿は論外ということにする。

今回は年収の問題なので、かなり生々しい内容になっている。 色々とあって書きにくいようなことでも決して筆を緩めず、無遠慮に本音を書かせてもらっている(他のコラムでも遠慮したことは一度もないのだが、今回は特に)。 様々な職業が出て来るが、私は楽して儲けた金持ちは軽蔑するが、低所得者に対する軽蔑の意図は一切ないことを最初に断っておく。

「金持ち⇒努力」の幻想

金持ちと聞いて、医師や弁護士を想像するとこれにはまってしまう。 「それじゃあ貴方は医学部に入れるのか、司法試験に合格できるのか」と言われる。 医師や弁護士を問題にしているのではない。 「努力を遥かに上回る年収」を問題にしているのだ。

努力に比例するのは精々年収3,000万円くらいまでだ。 それを超えると、特に年収が何億にもなると、株を売ったとか、ブレイクしてCMに出たとか、どうしても泡銭にならざるを得ない。 最悪なのは「セレブ」と呼ばれている一部の金持ちで、こうなると金持ちであるという理由で金が入ってくる。

それに、金持ち程金融商品、つまり泡銭に手を出している。 言っておくが、投資は悪と言っているのではない(投機は悪だが)。 金を出す人よりも、その金で実際に何かを生み出す人の方が大事にされるべき、つまり利益を多く分配すべき、と言っているのだ。 前者は金さえあれば誰でもできるが、後者はできる人が限られているからである。 現実は、特に最近は逆転していると言われているのは言うまでもない。

一部の人が「努力を遥かに上回る年収」を得てしまうのは、正しく評価できない大衆にも問題がある。 年俸3億円のプロ野球選手と年俸3,000万円のプロ野球選手の間には、本当に10倍も差があるのか。 クイズ番組で東大チームというものはよく見ても、京大チームや早慶チームなんてものは見るだろうか。 東大生だけが飛び抜けているのではなく、現実の学力は連続しているのだが、大衆の評価はNo.1とその下の落差が大きく、それ故No.1とその下の肩書きの露出度が大きく違ってくる。

ベストセラーになった本には本当にそれだけの価値があるのか。 ちょっと話題になった本を、普段は本なんか読まない連中が大勢買ったというだけではないのか。 「いや、本当にこの本はそれだけの価値がある」と言われるかも知れないが、商業出版なのだからある程度の内容があるのは当たり前だ。 このように、5,4,3,2,1の能力がある者が、10,2,1,1,1くらいに評価されてしまうのが現状なのだ。 取り敢えず現状では強者増税をしておいて、大衆がもっと正しく評価できるようになってから、またこの問題を考えよう。

少しは頭の良さそうな若者が、「金持ち⇒努力」を言って強者増税に反対していたりする。 当サイトでも、過去にそんな意見を何度も見てきた。 自分が金持ちになれるとでも思っていて、嘘だと分かっていて嘘を言っているのだろうか。 本当だと思って言っているのなら、それはあまりにも純朴すぎる。 大体現実では、一般に低所得者は3Kや1次産業の従事者で、高所得者はテレビに出て株を動かすだけ、と見事に逆転しているというのは常識だろうが。

足の引っ張り合い

最初に「嫉妬」と書いたが、その矛先が楽して儲けた金持ちなら悪いことではない。 しかし、如何せん愚民社会だから、その矛先が変な所に向いてしまうのだ。 強者増税よりも先に、自分の嫌いな集団への歳出を減らせ、というものである。 自分の嫌いな集団とは、マスコミ盲信の人なら公務員と言うかも知れないし、ネチズンなら在日コリアンと言うかも知れない。 最近は最低賃金が生活保護を下回るケースもあって、酷いことにそれで生活保護まで嫉妬の対象になってしまっている。

どういう訳か、諸悪の根源である大金持ちよりも、目の前の中流か中の上くらいの人に嫉妬の矛先が向いてしまう。 ネット右翼は麻生太郎よりも周囲の記者に嫉妬が行くし、非正社員は自分の会社の役員や株主ではなく正社員に嫉妬が行く。 ゴミ収集の職員の年収が高すぎると言われたこともあった。 全く、それのどこが問題なのだ。 ゴミ収集なんて典型的な3Kの職業だから、年収を高くして良いではないか。 弱い者同士、ではないかも知れないが、強くない者同士が足の引っ張り合いをしている。

本当は逆に、一般的な民間企業の平均年収の方を公務員のそれに近づけるべきだし、最低賃金を生活保護より上げるべきだ。 「下を見ず上を見る」である。 こうして庶民同士が足の引っ張り合いをして、常識の「中流」のラインが下がって喜ぶのは誰か。 先程の集団を挙げて自分達への増税をかわそうとする金持ちである。 それが経営者なら従業員の賃金も下げやすくなるだろう。

普通に頑張って人生のレールを外れなければ、50歳代で年収1,000万円くらいになる。 せめてこれくらいを「中流」と考えなければ、日本社会は幸せにはなれない。 ますますネット上に嫉妬の書き込みが溢れることになるだろう。

基本的に、足の引っ張り合いは頭の悪い人が陥る。 少し頭の良い若者は、前述のように「金持ち⇒努力」の幻想に取り憑かれて強者増税に反対する。 本当に頭の良い人は、金持ちになって強者増税に反対する。 勿論、皆がそうではないのだが、こうして考えると強者増税を言う人がどんどん限られてくるのが分かる。

節税は悪

税金逃れの為に海外へ逃げる金持ちや大企業については前回にも述べたが、「それならしょうがない。所得税、法人税を引き下げなければ」とすんなり思ってしまう人が何と多いことか。 この問題を根本的に解決するには、世界中の国で取り決めを結んで税率を揃えるか、海外での資産運用や企業の海外移転を規制するしかなく、そんなことは事実上不可能だから、やはり所得税、法人税を引き下げるしかないのかも知れないが、何かおかしいと思わないのか。

選挙権だけは誰でも平等に与えられて、政治の世界でだけは平等な勝負ができる(現実は前述のように上手く行っていないが)と思っても、実は強者には、気に入らなければ海外へ逃げるという選択肢があり、元々平等な勝負ではないのだ。 まずはこの矛盾に気付かなければならない。 実はこの矛盾はマスコミでも、書かれることはあっても、これは矛盾だと言って書かれることはなかなかない。

「結局結論は変わらないではないか」と馬鹿は言わないこと。 重要なのは結論よりもそれに至るまでの過程だ。 「強者に来てもらう為に強者優遇に賛成」と「本当は強者優遇をしてはいけないのだが、強者の横暴を防ぐ手段は現状存在しないので彼等に屈せざるを得ない」とでは訳が違う。 ただ、強者優遇をするなら庶民増税をせねばならず、どっちみち庶民の生活が破壊されてしまうのなら、やはり強者増税をして正義を通した方が良い。

そもそも、節税に対する社会的な非難が少ないように思われる。 「法律=善悪」と思ってしまうとここで引っ掛かってしまう。 それに庶民でも、自分だって法の網を潜って節税をしたい、節税はゲームの王様、という考えがやはりどこかにあって、それで堂々と非難ができないのではないか。 ここで言う節税とは、103万円の壁とかではなく、金持ちのくせに本来納めなければならない税金を殆ど納めなくても済むような節税のことだ。 税金は納めて当たり前、ずるいことを考えてそれを逃れるのは(それが合法でも)悪、という常識を作らなければならない。

だから、海外への逃亡もやっぱり悪なのだ。 一見、海外へ移住するのが悪とされるのには違和感を感じるかも知れない。 でも問題なのはその手段ではなく、その目的なのだ。 海外へ逃げる強者に対してもっと社会的な非難を高めなければならない。 根本的な解決にはならないかも知れないが、強者も庶民があっての(庶民から搾取しての)強者だから、庶民が厳しい目を向けているということを教えるのは決して無駄なことではない。 こういう時こそネットの力で、質の悪い企業に対して不買運動なんかを起こして欲しい。

結論

ということで庶民は、無邪気な幻想は止めて、つまらない足の引っ張り合いも止めて、節税はやっぱり悪なのだと認識して、団結して強者増税を訴えていって欲しい。 成功すれば大金持ちになれるがそれ以外の人は最低限の生活もままならない社会と、成功しても大金持ちとまでは行かないが普通に頑張れば普通に生活できる社会があったら、後者の方が幸せな社会に決まっている。

2010年5月3日 救世主かける様(http://gumin.xxxxxxxx.jp/)

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